朗読の発表を体験

第2回朗読公演

​2013年4月14日(日曜)

場所  博多市民センターホール  福岡市博多区山王1-13-10

以下はfacebookより転載



《劇団ティンカーベルの公演が終わりました。》

関係者の皆様本当にお疲れ様でした。
メディアの宣伝を一切せずに、チラシ20000枚、Twitterとfacebookと口コミのみの江戸時代の歌舞伎ですか!!!ばりの今ではあり得ない宣伝のやり方でしたが、みなさんのおかげでかなり動員もあり、たくさんの方に笑って、一緒に楽しんで、泣いて・・・舞台を通じて喜怒哀楽を共有できて本当に良かったです。

わたしは今回は舞台で映像のオペレートと原先生の押しをいただき自分の作った映像作品で軽く演出もさせていただき感無量です。

かなり大きなところで緊張もした反面周りの人の助けでかなりうまく回れたし、演劇初心者の体験者が今回23名もキテくださり、マネジメントの仕事も、映像もやってかなりてんてこ舞いになりながらでしたが本当になんだか今日はいろいろな気持ちが発散されてある意味成仏した気持ちになりました。

打ち上げでも語りましたが、最近の座右の銘は『口に出すな、やって示せ!』でした。芸術っていうのは心の力ありきで生まれるもので、なんでも口でいうより心で感じた思ったことを表現するものなんだと。

芸術やら表現の世界はなんじゃこりゃって言われがちで社会との迎合もなかなか難しいです、でも本当は社会に役立つ可能性を十分に秘めたものでエネルギーがあるもの、何か大切なメッセージを伝えるためには芸術という形で、絵だったり音楽だったり、演劇であったり、表現の形でやることは大きな影響と効果ややった人間にも見た聞いた人間の人生にも響くものだと信じてやってわたしもやってきました。

正直、原先生がイントロで話したアドリブのメッセージ「演劇は世界を写す鏡であり、、、でも演劇は少しでも人のためになるんだ。。。』を聞いて原先生も同じ思いで血反吐吐きながら芸術を信じてやってんだってわかって改めて原先生に出会えてよかったって思えました。なんも大きなことはできなくても、みんなで集まれば力を会わせればできるんだって今日改めておもいました。

ここ1年集中的に劇団の広報やマネジメント、制作をやったり進行やったり、たまに役者やったり、メイクやったりもう突発的にいろいろ挑戦することが多くびっくりすることもありました、無理だろが無理じゃないに変わる瞬間を子供達の姿をみて思わされ、わたしも無理が無理じゃないに変わったり、子供達の人の力を引き出す力もすごいし、子供達の不可能を可能に変える力にも圧倒され、不可能だ不可能だと考えやすかったわたしのネガティブを吹き飛ばしてくれたように思えます。



劇団ティンカーベルからもらえたエネルギーや同じ社会を見つめ、常に劇団の活動、芸術とは?はを問いかけながら、自分達のしたい表現と社会に役に立つために、傲慢な実行にならないためにどう人を呼び、どう教育すべきか、どう自分ががんばるべきか、自分の表現として何ができるかを模索し、何か今日は掴んだ気もすればまだまだ可能性はあるし、不可能だなんて思うのがまずナンセンスで、やっぱり人間関係での衝突はあれど、人に大切なことを伝えたいと言った原先生を軸とする強靭な意思の連続が人を引きつけ引っ張り、一丸となり一つの大きな芸術の普及につながるのだと感慨深くなりました。

劇団という一つの集団は社会の瓦礫の中で花を咲かせようと必死に働く大きな強靭な意思の塊だと思います。誰か一人でも欠けたら止まります。

でも今日まで一年間のプロジェクトで欠けた人もいたけれど、一つ意思が成し遂げられ、また次に繋げて、伝えていくための、続くための道と希望が生まれ、その中に自分がいれて本当に良かったと思います。まだこれからだけど、仕事はしばらく非常にコンパクトで小さなコツコツとしたものになるけれど、一つ大きな消えない星を関係者ひとりひとりが作れたからまたきっとこれを燃料に自分個人の世界でも羽ばたけるし、また集まった時には同じ熱量と願いの元で一丸となり頑張れるんだと楽しみになりました。

劇団ティンカーベルに関わるきっかけも偶然な偶然で、ある人にお前に何ができる?ダメじゃん?だったりわたしの考えを無理だと言うひとや出来もしない癖にと、、、みたいな否定を受けて確かにその時の自分はなんもできなくて。

悔しくて仕方なかった時に原先生がわたしのスキルを信じてマネージャーとしていれてくれたのが始まりでした、奇妙なことにわたしの意味不明と散々言われた博士研究とやろうとするビジョンが同じでびっくりしました。研究もうまくいくかかなり不安ででも選んだからには引くに引けないし、筋を通すためにどうしたらと苦悩してました。

簡単に書くと演劇の持つインタラクティビティを生かした生涯教育と芸術実践、芸術の社会への普及活動と可能性の探索、デジタルアート、デジタル教材を制作したプロジェクトでした。

わたしも色んな思いがあって源田研究室に移動したりものつくりやら研究やら論文やらのこと考えてこの一年戦争みたいな日々で発狂しそうだったけど、今日ずっと一年間やってきた映像作り、インタラクティブアートやら、マネジメントやら、舞台作りやら全部一気にやれて感無量というか、今までなんとか博士研究が自分の思いでできたものだった分形に一つなったし、お客さんもたくさん来たし、始めて演劇を体験した大人や子供の笑顔をみれたり、夢を抱く姿をみて元気もらえたし、自分の関わった映像のプログラムを楽しんでくれて会場が盛り上がったりして、笑い声やら楽しんでくれたりでなんかもう生きてよかったと本当に思いました。

劇中の金子みすゞのセリフにも、思いを重ねてしまう場面もあり、『思いだけでは生きてけない』なんかで泣きそうにいつもなっていたけれど、本当にそんなことが行きてるとたくさんあって、自分の思いが伝わる瞬間なんて100%中1%くらいなんかなって思って人を憎むタイミングじゃないのに憎んだり、なんもうまく伝わらなくて悔しくなりすぎて涙すら出なくなって、ヤケになって意地になる場面もあったり、ただ表しか見てないあなたに何がわかるんだ?って問いたくて、言い返したくてもグッと抑えてやってきたりしました。

人間そのものが自分という役者を演じていると思います、理想とする自分を演じようと必死です、自分という役者が立つに相応しい場所や小道具、周りのものを探して生きてます、人生は舞台だなとよく言われますが思います。

でも舞台が一つ成り立つのって簡単じゃなくて、一見派手で煌びやかでも、裏ではたくさんの人間の努力があります、今日の舞台も3日前から延々と仕込みでした。

人間だってそうで、一つのものごとを成り立たせるにも一つの理想の自分を作るにもたくさんの努力や時間、裏での目に見えない苦悩や葛藤時には衝突もあります、何も内側知らないで人の思いも知らないで、何やってんのあの人みたいな言い方する人もいました、そりゃ仕方ないし、わたしも口下手、文章もまだまだうまくはないです。
でも絵を書いたり、映像をつくったり、演劇に形を変えるなら表現できるし、言いたいことも伝わると信じて方向転換したりやってきました。

だから何を言われても決して言い返さずにちゃんと形にできるようになるまではがんばるしかないと願いやってきました。

でも簡単にはわかってもらえず、何度もやめたくなったり、自分の無力さに消えたくなったり必要ともされないならいっそ全部やめたいと思ったり何度も思いました。

でも色んなやめたい終わりにしたい時に悔しくて仕方なくてどうにもできなくなりそうなときに、すぐに切り替えつ諦めないでいたら、願いを諦めないでいたら絶対同じことを願うひとが周りに集まって強靭な意思の塊として一つの作品や舞台、物事が成し遂げられるんだって思いました。諦めないでいたら、いい事があるだなんて昔は嘘だあとか思ったりしてました。

でも一つ願って動けば必ず動かない扉は開くし願いも叶い出すんだなって思いました。憧れだった劇団四季の裏方も、今は福岡は劇場自体が閉鎖で二度と叶わないと思ってたら今日のステージの裏方の音響と照明、舞台制作さんは皆さん劇団四季を支えてきた方ばかりでした。

同じテーブルに座れて緊張して死にそうでリハでミスるたび土下座したくなる場面もあったけど、一緒に映像のオペレートと自分が制作した映像の演出どちらもさせてもらえて映像でお客さんに花をみんなに渡そうと思ったつもりが逆にやらせてもらえたことに死ぬほど感謝したくもなりましたし、なんかもうわたしを信じて任せてくれた原先生に感謝ですし、いろいろワタワタしていたのを補佐してくれたスタッフの皆さんにも感謝でした。

木下先生、久田くん本当にありがとうございました。そして、わたしの不可能を可能であると力を引き出してくれだ劇団員のみなさん、始めて演劇に参加した一般公募で集まったみなさん、客演のみなさんに感謝です。
解散したあとで気持ちが高まりすぎて気持ちをどうしても吐き出したくなりました。

嘘も本当もたくさんな世の中です、芸術にも嘘や本当はたくさんあります、でも大事なのは白黒も大事ですが、まず思いを形にしようと頑張り抜く姿、続けようと言う強靭な意思の塊の人や時間の連続分岐と多様性だと思います。連続も大事です、多様性だって新たな方向や方法を作り品種改良をして生き延びるために大事です。人だけでなく作品も舞台も生き物です。
 

当たり前だけどそう信じてます。
わたしもたくさん諦めたいとかもう嫌だって叫びたくなる時、博士の研究はわたしの夢がたくさん詰まっててもうどうしようもないかもとか無理かもとか何度も現実とのギャップに苦しんだりわかってもらえないことに苦悩したりしたし、これからも苦悩はすると思います、でも今日みた奇跡を胸に止めて、同じ意思を持ち社会への願いを表現の形で伝えようと頑張る仲間たちがちゃんといるって安心して強くもっと頑張ろうと月並みに思いました。

本当に今回の公演に限らず、一年間わたしはてんてこ舞いで対応に必死になったり、ぶつかったりしたし、ダメダメな部分もあったし、迷惑かけたところもありましたが、わたしを舞台人としての居場所を作ってくれて、夢をまた諦めずにいれて共に頑張れるように支えてくれて、わたしなんかを必要としてくれてありがとうございました。わたしを信じて必要としてくれたからわたしも出来なかったはずのことが魔法のようにできるようになれたように思えます、きっと劇団員さんもそうです。
 

本当に本当に感謝です。
長くなりましたが、劇団ティンカーベルが末永く続きますように。
これから博士研究に戻らねばなりません、自分の劇団にもろくに顔も出せてません、まだまだやらなきゃいけないことはたくさんあるし、これから自分はできる範囲で劇団ティンカーベルを支えていきたいと思えます、だけど絶対に社会の瓦礫の中で必要な劇団だから無くならないで欲しいし、子供も大人も関係なく、創造ある未来を願う笑顔が溢れる場所だからずっとずっといて欲しいと思います。ありがとうございました。

facebookにこんな長文載せるか普通って思いますが、わたしの気持ちを今すぐ絵にしても映像にしても難しいし、一番はやく新鮮で熱い気持ちをかくには長文で思ったことを綴るしか瞬間の感情を、心込めて伝える方法がわたしには無いからお許しください。
それにちゃんとわたしの本名である場所で思いの丈を書きたかったりしました、関わったたくさんの劇団ティンカーベルの周りや自分への未来へのエールを込めて書いたりしたかったからです。大好きです。